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04/26/2012    プノンペンの今

5O年前のそう遠くない過去にあった悲劇。
戦争と同じ、過ちは決して忘れてはいけない。



私たちが訪れたプノンペンは
きっとポルポト政権の時代を生きた人もいるだろう。


だけどそれを感じさせないほどの活気が街にはあった。





市場は市民の活気あふれる場所


市場

市場2

ご飯はココで食べるのがおいしくて安い。
1OO円くらいでお腹いっぱい。










夜は王宮付近でお祭りがあった。

王宮で祭り






シェムリアップの宿でも会った
りょうくんと再会。
一緒にお祭り巡り♪

りょうくんとお祭り







道ばたに売ってる怪しげな筒を購入するりょうくん


筒を買う
中身はなんとご飯なのだ(もち米みたいなの)









そうそう、変わった食べ物といえば、
カンボジア、ベトナムで食されている




アヒルの孵化前の卵




もう体とか目とか形成されてて
見た目とってもグロイ。

きもい卵

(ぶれててよくわかんないすね)




どんな味なんでしょう、食べてないんです。
せっかくだから食べておけばよかった!




外で酒盛りをしている地元の人が酒のつまみに食べているのを見かけてきゃぁきゃぁ言ってたら


日本で刺身を食べるのと同じような感覚だよ


というようなことを言っていました。


彼らにとっては生魚を食べることは
同じようにグロイことなんだろうな、なるほど。




ということで地元カンボジア人と仲良く触れ合いもできた夜でした。


りえ

帰り道にみかけたチップを入れる用のバケツをくわえさせられている健気な犬。

チップ犬


でもこの子、眠くて眠くてこっくりこっくりしてるの。
それでもご主人様のためにチップ集めに必死。

もーーーーーかわいすぎて思わずチャリン☆
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中学校の時、
「大量虐殺」という言葉が、

すごく普通に、

この単語はテストに出ますよ、 という感じで
教科書に載っていたのを、よく覚えています。


少し太字になっているこの言葉を
私は当時
少しもリアルに感じられませんでした。


先生は、戦争の重要人物の名前や、起こった場所を教えてくれました。
だけど、


「大量虐殺」ということがつまりなんだったのか


ということはわからないまま、
授業はあっという間に次の項に進みました。



他にも、言葉の意味は分かっても、
その「ほんとう」が見えない言葉が教科書には沢山あって、


当時とんがり娘だった私は、

先生は大事なことは教えてくれないのかな、
とか思っていましたごめんなさい。
(先生になんでも教えてもらおうというところに、ゆとりの香りがします…てへ。)




それと同時に

その言葉たちの「ほんとうの意味」がよくわからないことを

なんだかものすごく悪いことのように感じたことを
よく覚えています。









さて






話は旅に戻りまして





ぽかぽかのお日さまを浴びて、こかげを作っている木の写真。

PB092583.jpg


カンボジアのポルポト政権時代

この木は

生まれたばかりの赤ちゃんを打ち付けて殺すための
木だったそうです。

木の真横の小屋は、
当時、遺体を埋めるために掘られた穴の跡で、
赤ん坊と引き離された女性は
穴のすぐそばで殺され、
赤ん坊と一緒に、そのままそこに捨てられました。

カンボジアの首都、プノンペンには、
そんな風にして
何人も何人も何人ものひとが
番号をふられて、殺されて、埋められた処刑場跡
キリングフィールドのひとつがありました。

PB082538.jpg



PB082543.jpg

これは、
もともとは学校だった場所が、
「学問は不要」として政治犯収容所に改造され
一度入ったら生きて帰ることは出来ないと言われた
トゥールスレン収容所です。



この場所に立ったときに感じたのは、
悲しみというより、
原始的な恐怖感に近かったと思います。






日本にも戦争を知ることの出来る施設はいくつかありますが、

このキリングフィールドとトゥールスレンは
日本のような


「過去のことを忘れないようにしましょう」


的な
作り手からの訓示の匂いはあまり感じられず



生い茂る木々や
そこでひなたぼっこをしている鳥の親子
その木の根元に落ちている、

誰かの服の切れ端


がらんとした教室に、無造作に置いてあるベッド
教室に仕切り板を何枚も重ねて作った収容部屋
血の跡
パネルに並べられた、収容された人々の顔、顔、顔。





そこには、なんの解釈の余地もなく

ただ、「大量虐殺の跡」がありました。








中学校の時、
大量虐殺という言葉を習いました。

それはカンボジアだけで起こった出来事ではありません。
日本のまた、南京大虐殺と呼ばれる出来事の加害者です。

殺されたのが何万人だとかそうじゃないとか
これは真実でこれはでっちあげだとか
授業でならった そんな論争は


この場所の「痛み」には
なんの関係もなくて






あまりに痛くて

言葉も出ないような場所だったけれど、





それでもこの場所に救いがあるとすれば、



キリングフィールドまでトゥクトゥクで乗せていってくれたファニーなお兄ちゃんも
プノンペンの屋台で出会った優しいおじさんたちも
町を歩くひとたちも


きちんと笑ってた ということ


東北と同じで、
それでも、

人はそれでも、

前に向かって歩くんだ、と、
思いました。


くらたともこ


キリングフィールドでは、無料で日本語の(!)音声案内を貸してもらえます。
一見しては記念塔と広場しかないこの場所で、何が起こったのかを教えてくれます。
more open !?
ひとまずタイをすっとばしてカンボジアに入国。




シェムリアップの日本人のたくさん集まる宿に行き、

夕食は豪勢にビュッフェ&アプサラダンスショー



アプサラっていうのはカンボジアの伝統的な舞踊?で
手のクネクネとした動きが特徴的なのだ。

アプサラ2














そしてカンボジアといえばアンコールワット



同じ宿で知り合った女の子と一緒に遺跡を巡って参りました!


皆でアンコール

遺跡好きのゆいちゃんと
姉御的なまさよさん







遺跡の背景とか特に勉強して行かなかったんだけど、


一歩足を踏み入れたときは




うわぁぁぁぁ





と感嘆の声







定番なんだけど、

TV「世界不思議発見」

の画面の中にいるような気分になってきます。


中



塔

壁画

ちょっと高いとこから





ちょっと工事中だったようで
景観損なわれまくりなんだけど

アンコール全体








でもね、アンコールの遺跡はワットだけじゃないんです。





アンコールトムという遺跡がすぐ近くにあるんだけど、
そっちの方がよかった!





なんだか


朽ちて崩れた感、というか
ほっとかれた感、というか



まるでゲームや映画の中に迷い込んだような
異世界感があるんだよね。


トム入り口


トム内部


朽ち果てた感


顔









まだまだ遺跡巡りは続きます。



遺跡で遊ぶ





途中遺跡の写生をしていた子供がいて、

自分が書いた作品をみんなにあげていた。


私がもらった絵
絵のプレゼント



チップでも要求されるのかと思いきや、

そんなこともなく、

くったくのない笑顔までもらいました。

写生大会








子供といえば


遺跡のまわりには物売りの子供たちがたくさんいて、
人目観光客を見つけようもんなら
一人につき5人くらい子供たちがわらわらとたかって
スッポンのようなしつこさでハガキを売ろうとしてきます。


絵はがきを10枚1ドルの安さで売ってくれるんだけど
1から10までの数字を
英語だけじゃなくもちろん日本語でも中国語でも、
たぶんスペイン語かフランス語か私たちも全くわからない国の言葉でさえ
スラスラ言ってのけるんですよ。



まだ10歳にも満たないであろう子供がですよ




面食らいましたね。




商売、生活のためとはいえ
いやはや脱帽です。










さて遺跡めぐりに戻ります。




苔むした緑が絵になる遺跡
タ・プローム

タプローム




ラピュタを思いおこさせる神秘性


遺跡の上に木













そして一日の終わりは高台から眺める夕日。

アンコール夕日


遺跡に想いを馳せながらの夕日は
美しかったぁ・・・









りえ
ぶっちゃけた話
一日中遺跡まわってると
なんだか全部同じに見えてくるんだよなぁ・・・

なんて言ったら怒られるかな
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