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03/13/2012    ラパスからの黙祷

珍しく、本当に珍しく、
昨日のことを書きます。

たまたまなんですが、

ラパス日本人会の主催する
震災ドキュメントの上映会に行ってきました。

ラパス日本人会



日本では一昨日でしたが、
南米は昨日が3.11だったんですね。

決して大きくはない会場で、

集まった日本人や、日系ボリビアーノと思われる人たちと黙祷を捧げました。


上映内容は
NHKの震災復興のドキュメントで
日本語とスペイン語混じりだったので、わかったのは半分くらい。



だけど、
当時の映像は

私の一年前の記憶を強く思い出させました。




その時の衝撃
それから、たったの一ヶ月だけれど、
東北へ行って感じたこと。



その報告をしていなかったなと思いまして(笑)





東北での一ヶ月で、

被災者の方々の役に立てるようなことが出来たかと言われたら

くやしいけれど
なんにも出来なかったな、という気がします。



具体的に何をしていたかというと、

100人以上いたボランティアの人のご飯作り

おとなりの避難所のおじいちゃんおばあちゃんと足湯をしたり、お茶をしたり

それから、ホタルの有名だった登米の町の
ホタル祭りの主催。(これがちょー大変だった!)

仮設住宅を回って、ニーズの洗い出しを兼ねた傾聴ボランティア。




時どきに合わせて、なんでもやってました。


なんでもしていた分、彼らの苦しみの、本当の核心の部分に触れることはとても難しかった。


むしろ、それを笑顔で包む強さや、ボランティアを気遣う優しさばかりに触れていた気がします。




それと

私が驚いたのは
自分の中の葛藤を消化するためにボランティアをしているひとの多さ


もちろん助けになりたい、役に立ちたいという気持ちはみんな共通しているのだけれど、

自分の居場所が欲しかったり

誰かに褒めてほしかったり

そんな(人として当たり前の)切実な葛藤をみんなが抱えていて、
24時間一緒にいる分、
それはとても隠しきれない葛藤で。

それがぶつかったり上手く合わさったり、色んな人間模様がありました。


ボランティアをしているひとも、やっぱり人を必要としていて、
助けているようでいて、助けられているんだなと思いました。



かくいう私も、
もとがちゃらんぽらんなもんだから、
荷の重い仕事でいっぱいいっぱいになったりして、

そんな時
ボランティア仲間や、それから、
避難所や仮設住宅のおじいちゃんおばあちゃんに助けてもらいました。


七夕の日、避難所のお母さんに
「あんたいつも頑張ってるんだから!」って言って浴衣を着せてもらったときの照れくさい感じ


「おっさんくさいぞー」とかっていいながら、いつだって気遣ってくれる仲間




ほんとどっちがボランティアされてるんだか分からないな、と思いながら、すごく嬉しかったのを覚えてます。






結局たくさんの人にお世話になってしまった一ヶ月だったな。



最後の日、
RQのブログにも記事を載せさせてもらったので、ご興味があれば。
http://www.rq-center.net/tome/11440





くらたともこ

仮設住宅を回る中で、それからボランティアをしている仲間たちの中で、
魅力的なひと達が本当にたくさんいたんだけれど、ちょっと書ききれないス…


ともあれ

地球の裏側にある小さな会場で、
こんなにも遠い場所から祈りを捧げているひとたちがいるということ

分かっていたつもりだったけれど、
目の前にすると、なんだかとても嬉しいことに思えました。

今も震災とたたかっている方々が、どうか笑顔の日々を過ごしていますように。
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ごめんなさい。
いいつけを守らず被災地に行ってきちゃいました。


と言っても物資輸送するっていう友達の車に急遽乗せてもらっただけだけど・・・。





その人が前々から現地に行く手配をしていたのは知ってた。

だけどやっぱりいろいろ難しくて問題山積みで悩んでたのも知ってた。



一緒にやりたかったけど、やっぱり個人で行くのは難しいから、
今は大きな組織に任せるべきじゃないかなぁって

正直思ってた。


むやみに被災地行くべきじゃないって言われてるし。




だけど





もちろん個人で行ったら迷惑になるから
むやみに行くなっていうのは間違ってない。



だけど迷惑だから絶対行くな!っていう認識も正しいわけじゃない。



じゃあ諦めるか・・・ってやめることは誰にでもできるけど、



そこで絶対に自分が行かなきゃ!って思って行動する人の努力は半端ない。




山積みの物資集めて

大量の情報収集をして

緊急車両の許可とって・・・

なんて
きっと特別なボランティア団体で大掛かりな人数でやってるんだろうなぁって思ったら



ほとんど一人でやってた



とのこと。




普通の人はここまでできますか?



もうほんと脱帽です。



もちろん政府やおおきな団体にはかなうはずはないけど、



実際現地に行って
ちゃんと物資受け取ってくれたし
感謝もされた。



ほんの少しだけど

気休め程度かもしれないけど


力になれた。


それで充分でしょ。







物資を届けに行ったのは岩手の陸前高田市。



家家はほんとんど木材の山と化し

市街地は、ここだけ戦争が起きたの?と思うほどの、

まるで原爆でも落とされたんじゃないかのような光景。


想像しえない光景ばかりで、
ここだけ別世界にいるような錯覚さえ起きる。




自衛隊の撤去作業、救援隊の捜索活動、マスコミ。
いろんなものが慌ただしく動いていた。

避難所の様子や、
そこで過ごしてる方の実際の声もきいた。




0コンマ1秒の差が生死につながる

明日は我が身だと思った方がいい





生々しいよね。

でもそれが現実。







テレビで見るよりも実際の空気を体感すると
得るものも感じるものも大きい。




この体験は




きっと一生忘れない。









今後何ができるか、


それにつなげていこう。


もうすぐ日本旅出発になるけど、

旅中になにかしよう、

現地入りしたらそのままボランティアやろう、

ってくらたと相談しています。



みんな一緒にがんばろう!!!


友達のボランティアのブログ、ぜひ
↓↓
http://ameblo.jp/borannthia/

りえ
more open !?

私はこれまでの26年間



「遠くでかわいそがって何もしないくらいなら,近くにいる人を助けろ」






思っていた。

ポリシーなんて大層なもんではなくて,TVで貧困を可哀想がることに抵抗があって,戦争の爪あとを見てただ悲しがることに罪悪感があった。

この人たち可哀想だなぁと思いながら自分の生活をしれっと続けることが,間違ってると思ってた。

自分ができることをやっていないのに,誰かを可哀想,って口に出すことが出来なかった。

言葉の通じない国のストリートチルドレンを助けることは出来ないけれど,日本の非行少年には何か出来るかもしれないから,
とにかくなにかしたいっていう気持ちで,少年院を選んだっていうのもあると思う。





昨日



TVで,世界中で日本大使館に献花をしている人たちを見た。







日曜日には,




友達と会う約束がなくなったから,部屋でひとりでネットをしていて



東北の友達とは連絡つかないし
TVはどれをつけても見ていられないニュースばかりだし
波が人を飲みこんでく姿が頭離れないし



なんかもうご飯も食べる気しなくって



誰かとメールしてないと不安で,携帯片手にネットを見てた。






夕方ごろ
ツイッターから見つけたサイトで

被災地を応援するメッセージをたくさん見た。





遠くから,
何も出来ないけれど,

ただ,花を買って大使館に置いた。

ただ,PlayForJapanとブログに書いた。





そのことが,日本を心配しているひとが,応援している人がたくさんいるっていうことが,

心細くなってる気持ちに
ものすごく響いた。






ご飯食べて,外に出ようと思った。






夜になって,
ふと本棚の並びが変わってることに気がついた。

りえは実家に帰れなくて,前日までうちに泊まってたから,

「あれ、りえ読んだのかな?」

と一瞬思って,あっ,と思った。

先輩はみんな,花瓶割れてたとか,本散乱してたとか言ってた。


わたしんち,りえが全部直してくれたんだ。

寝る前に,ちょっとあったかい気持ちになった。








次の日,

職場に行ったら,





することが山積みだった。






停電になるかもしれないから子どもの日課も子どものご飯も考えなくちゃいけない。ご飯は炊ける?水道は大丈夫?つうか今日私がご飯作る当番じゃね!?あ、○○さん(子どもの名前)それ熱いから気をつけて!火傷しないでねー!え?大丈夫停電になったからって死にゃしないから!え、暗いのが怖い?大丈夫死にゃしないから!(適当)

もう、









超元気になった。(笑)








自分の生活を続ける事,こういうときに自分のやるべきことがあるってことがありがたいって思った。





私はニュージーランドの地震のとき,ただ花を買って届けるってだけのことすら,しようとしたっけ。
淡々と日常を続ける人に,自分のやるべきことをやってきた人たちに敬意を払ったことあったっけ。




















思った。








恥文ですみません。日々まとまりがなくってすみません。胸が小さくてすみません。掃除してたら借りパクしてたものが大量に出てきましたすみません。東北の友達はみんな無事でした。
くらた
more open !?
03/14/2011    その時 ~りえver~
その時


私はくらたの家にいた。



仕事が有給休暇中で、前日からくらたんちに乗り込み、夜に旅計画をし、

翌日家主が仕事でいなくなってからも

ひとり部屋で調べ物をしていた。



地震があった瞬間、


立て鏡が倒れないように支えながら


まるで電車の中にいるような揺れを


まるで船の中にいるような余震を耐えていた。




揺れはひどかったけど、見た限り被害は少なさそうだと思った。



けれど



連日続くニュースで見る東北の津波の光景。



去年のGWに東北ヒッチをしたあの道筋。


遠野で拾ってくれたお姉さんは無事だと連絡がきた。自衛隊が全国から集まっているそうだ。

大船渡で拾ってくれたお母さんと娘さんは無事だろうか。

いまでも現役でのヒッチハイカー釜石の学校の先生は?

気仙沼でカジキマグロのお刺身をごちそうしてくれた漁師のおじさんは?

南三陸町志津川で拾ってくれた陽気なあんちゃん達は?

カニをごちそうしてくれたやさしいおかあさんの営む南三陸町の海沿いの民宿は?




テレビの津波の光景を見るたびに涙が止まらない。






恩返しがしたい。








私に親切にしてくれたように



私も何かしたい。



どうか無事でいて。


そう、くらりえはツイッターを始めたのだ!
私は @riez0 誰か見つけて☆

りえ
03/14/2011    その時

その時

私はちょうど当直の日で,多くの人と同じように職場で寝ずの番だった。



その時

八王子の友達は痴漢をつかまえるために怒鳴りながら走ってた
(逃げられた)




その時

秋田の後輩は停電で炊飯器が使えないからなべで米を炊こうとしてた。
(逍遙入っててよかったね!)



山形の友達は何度も何度も非常登庁してた。



きっと

結婚式の瞬間のひともいた
手術の途中のひともいた
今日生まれた命もきっとあったね



地震のあったそのときから,日本中が必死になってる。

今、自分に出来ることは?




非常登庁があるかもしれないと思って官舎に待機してたんだけど

家で一人でいたら、いてもたってもいられなかった


メールでネットで連絡をとっていたけれど


ついこないだはじめたばっかりで


ぜんぜん仕組みがわかってないツイッター

改めて、すごさを感じた。

あとでいいやと思ってて
逍遙のひとと全然繋がってなかったことを後悔した。
(@kuratabiです。あなたを探す能力のない私に暖かい愛の手を!)



私とりえは去年の春

東北にヒッチハイクをしに行った。


石巻で男気のあるお母さんたちに乗せてもらって、こんな大人になりたいって思った。

仙台で気のいい大学生の家に泊めてもらって、友達になった。

仙台空港に向かう旅好きのにいちゃんに乗せてもらった。

相馬ですごく綺麗な写真をとる親子と、ライブが大好きなお姉さんに乗せてもらった。

いわきまでは,ヤンママと恋愛話で盛り上がって,いわきの役所と消防署で働くお兄さんに駅まで送ってもらった。




今,3月末で仕事をやめて
時間が出来るこのタイミングで

今の私に
出来ることは??






とりあえず






節電のために早く寝た。






くらた
乱文ですみません。
今はよく寝て、よく働いて、子どものそばでよく笑おう。
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